真鶴町「美の基準」にみる文化をつくることば

 

6月に、神奈川県の真鶴町にある「真鶴出版」に宿泊してきました。
真鶴は、小田原と熱海の中間にある、海と山に囲まれた小さな町です。
「真鶴出版」は、真鶴の情報を発信する出版社でありながら、観光客が泊まることもできる「泊まれる出版社」。
宿泊すると、1〜2時間かけて町を案内してくれる「町歩き」をつけることができ、真鶴の魅力や町民を紹介してくれます。


参考 真鶴出版 クラウドファンディングページ

 

とても素晴らしい体験でしたが、その中でも最も感銘を受けたのが、1992年に真鶴町が発行した、「美の基準(Design Code)」の存在です。
80年代後半、バブル期だった当時は、真鶴にもたくさんのリゾートマンションの建築計画があったそうです。
全国どこにでもあるような画一的なリゾートマンションの乱立を防ぐため、町役場と住民が一気団結してつくった独自の条例が、真鶴町まちづくり条例「美の基準」です。

1993年に制定され、翌年に施行された「美の基準」によって、当時の開発計画のほぼすべてが白紙になったそう。30年近く経った今も、真鶴の町並みや住民の暮らし方に色濃く反映されています。

町の条例というと、堅苦しいルールや書類をイメージしがちですが、「美の基準」はちがいます。たくさんの写真や絵がちりばめられ、約170頁にまとめられた書物は、読み物としても面白いコンテンツになっています。「美とは何か?」を考え、実践できる、ライフスタイル実用書に近いです。

美の基準は、「場所、格付け、尺度、調和、材料、装飾と芸術、コミュニティー、眺め」という8つの原則ごとに、複数の「キーワード」が設定がされています。たとえば、「海の青さと森の緑に溶け込む色」「外とのつながりもある大きなバルコニー」「さわれる花」など。

そして各キーワードに関して、なぜそれが大切なのかという前提と、具体的な解決策が書かれています。たとえば、「建築は場所を尊重し、風景を邪魔しないようにしなければならない」「建築はまず人間の大きさと調和した比率を持ち、次に周囲の建築を尊重しなければならない」など。ことばとしても美しく、読んでいるだけで清々しい気持ちになります。

参考:書籍「美の条例―いきづく町をつくる」

↑「美の基準」がつくられたプロセスや裏側が書かれた本です

 

「美の基準」の表現としての魅力


●魅力1、「キーワード」を投げかけ、解釈は読者に委ねる

建築基準法や都市計画などは、色や高さを「数値」で規制しています。数値での規制は、ものごとをはっきりと割り切る、合理的な方法だからです。それに対し「美の基準」は、先述したように以下の3つの要素で編集されています。

「キーワード」
「前提条件(なぜ、そのキーワドが大切なのか)」
「解決法(たとえばの具体例)」

一つひとつのキーワードは、極めて具体的で、小学生も含めて誰でも理解できるものになっています。またキーワードを踏まえて、「美」をどう捉えるのか、具体的にどう暮らすのかの解釈は読者に委ねられており、住民の参加を前提につくられている。また当時、住民に配布された「美の基準」は、綴じ込みではなく「バインダー式」になっており、修正したり追加できたそうです。

 

●魅力2、ビジュアルと具体例で、疑似体験できるようにする

「美の基準」は、素朴な挿絵や写真コラージュで構成されているのですが、むしろ完璧にデザインされた状態でないからこそ、読者側に想像する余白ができています。じぶんの家だったらどうするかなと想像しながら、真鶴の価値観を疑似体験できるようになっています。

 

●魅力3、「町そのもの」と「人」が伝道師になっている

真鶴に住んでいる人が、暮らしの中で「美の基準」を体現しているので、町全体が「美の基準」の価値観を体感できる場になっています。
話を聞いたところ、昔から住んでいる住人よりも、むしろ新しく移住してきた人のほうが、「美の基準」を意識し広げていく活動に積極的だそうです。真鶴で起業した若い人のレストランやお店にも、「美の基準」が置かれていました。
真鶴町の価値観に共感した人が、外からも集まり、いまの時代に合わせて解釈し、実践し広げていくというサイクルが生まれています。

 

町も会社も家族も、「価値観」で選ばれる

 

どの会社で働くかも、どの町に住むかも、その決断の根幹には「価値観」が影響しています。

どんなに給料が高くても、お金だけでは働き続ける理由にはならない。
どんなにハイステータスな町でも、見栄だけでは住み続ける理由にはならない。

町も会社も家族も、その価値観に共鳴する人が集まることで、より価値観を体現できる場所に育てていく。そのポジティブなサイクルを回していくことが、あらゆるチーム・組織に求められている気がします。
むしろ価値観がない町や企業は、淘汰されていってしまう。

そして価値観の原液は、ことばによってつくられることが多い。「美の基準」もキーワードが重要な機能を果たしたように。

文化をつくっている「ことば」かどうかの判断軸は、何だろうか?
真鶴に行った後に色々と考えてみたのですが、ひとつの判断軸として「人がお金を払ってでも、手元に置きたくなることばかどうか。お金を払ってでも、参加したくなる価値観かどうか」が、わかりやすい軸になると思いました。

それは、人がお金を払ってでも、手元に置きたくなる「会社紹介のパンフレット」か。
それは、人がお金を払ってでも、手元に置きたくなる「町紹介のパンフレット」か。

ちなみに「美の基準」も真鶴町の町役場で、1,500円で購買することができます。特にプロモーションしているわけでないのに、第四版まで発行されているそう。

真鶴町役場 まちづくり課
住所:神奈川県足柄下郡真鶴町岩244-1
TEL:0465-68-1131
※郵送でも送ってくれます

企業の例でいえば、Netflix社の「Culture Deck」がわかりやすい例です。ネット上で1500万回以上シェアされ、世界中で書籍も発売されています。

参考 【翻訳】「シリコンバレーから生まれた最高の文書」と絶賛されたNetflixのカルチャーガイド全文Netflix

 

コピーライターの制作物は、クライアント(BtoB)から対価をいただくことが多く、生活者(BtoC)からお金をいただくことは極めて少ない。だからこそ、じぶんのつくった制作物を「お金を払ってでも、欲しい人がいるかどうか」は、わかりやすい判断軸になりそうです。

じぶんがどう生きるべきか、その生きる価値観を、一人ひとりが探している時代だからこそ。じぶんが共鳴できる価値観に対しては、人はお金を払ってでも、手に入れたくなるし参加したくなる。

人がより幸せに生きられるような、人生の価値観に影響するようなことばを、ひとつでも多く開発してみたいものです。

 

改めて、30年前に「美の基準」を制作した、真鶴町の町役場のみなさんと、それを伝承しつづける住民のみなさんに、心から敬意を表します。
そして真鶴は、東京からも近くアクセスしやすいので、観光にオススメです!

 

©︎kengai-copywriter 銭谷 侑 / YU ZENIYA