息子が2歳になり、こども園に通い始めた。
人見知りの真っ只中で、警戒心が強く、どうなることかと不安を抱えたまま初日を迎えた。
10月1日。慣らし保育1日目。
息子を保育士さんに預けると、案の定、息子は泣きだす。後ろ髪をひかれながらも、そそくさと園を後にする。夫婦ふたりだけの車中は約2年ぶり。感慨に耽る間もなく、郵便局やコンビニで所用を済ませていると、あっという間に1時間が経ち、迎えの時間。
部屋に入る前から息子の泣き声が聞こえる。妻が視界に入った瞬間に「きゃーあ!」と一際大きな声をあげた。ずっと「かあか(母のこと)」と泣き続けていたらしい。帰宅すると重力に逆らえないくらい疲れ果てた状態で、そのままベッドに身を沈めた。
2日目。
保育園に着くまでは笑顔だったが、園内に入ると、妻をギュッと抱きしめ泣く。
1時間後に迎えにいくと、保育士さんと手をつないで園庭を歩いている。目が合うと、笑みを浮かべながら手を振って近づいてきた。帰り際に「おりくん、ばいばい〜!」と男の子の声が聞こえる。以前いっしょに遊んだことのある、近所に住む少年だった。親の僕が救われた気持ちになった。今日は帰宅後も元気に遊んでいた。庭に金木犀の匂いが漂い始めた。
3日目。
送迎中は嫌そうではなかったが、親元から離れるときは、妻にしがみつき泣く。息子の周りに、こどもたちの人だかりができる。
迎えにいくと、保育士さんの膝上にちょこんと座って、絵本の読み聞かせをみんなで聞いていた。今日はわりとすぐに泣きやみ、おままごとのコーナーにいってみたり、ブロック遊びをしたり、牛乳も一口飲んだらしい。家に帰ってくると、アンパンマンの消防車にお茶をあげていた。
4日目。
今日からは、僕だけで送りにいく。園の駐車場に着くと、眉をひそめるが泣きはしない。室内に入っていくと、僕の脚に隠れながら歩く。保育士さんに預けようとすると、僕を強く抱きしめたあと、意外にもすっと移動してくれた。そして顔をクシャとさせながら泣く。でも昨日までよりは少し穏やかに見えた。
昼前に迎えにいくと、今日も先生の膝の上に座って、こどもたちが一人ずつ毛布ブランコでゆらゆらと揺らされているのを見ていた。
5日目。
朝の準備をしていると、登園することがわかっているのか甘えてくる。けれど園に着き、部屋の前に立たせると、泣かずに自ら先生のところに抱っこされにいく。ほとんど僕の方は振り返らずに。
迎え。みんなが外で遊んでいる中、息子は砂場で泣いていた。途中、帰りたくなったのか、ドアの方を指さして「こっちこち」と言いながら泣き出したらしい。一進一退。
7日目。
朝食を食べると「ブーブーいく(車のこと)」と言い出す。保育園が遊ぶところだとわかってきたらしい。保育士さんにお渡しすると、泣き声をあげるが涙は出ていない。本人なりに葛藤している。
迎え。今日は泣いておらず、部屋の中で電車を動かしていた。朝もすぐに泣きやみ、保育士さんから離れて遊べるようになったらしい。親の姿に気がつくと、ピョンピョンと飛び跳ねながら近づいてきた。
10日目。
手をつないで廊下を歩き、クラスルームの前に着くと、遊びたいのか僕のほうは一度も振り返らずに部屋へ入っていった。
昼過ぎに迎えにいくと、息子は椅子に座って、いい子にしている。ランチに豚汁や鮭ご飯を食べて、切り干し大根も保育士さんが「ちゅるちゅるだよ」と話したら完食したらしい。嬉しそうに「うまうま」と連呼しながら近寄ってきた。
12日目。
朝、にっこり笑って部屋へ入っていった。帰り道の社内ラジオからは藤井風の花が流れてきた。
15時に迎え。今日は園庭でジャングルジムをしたり、友だちと手を繋いだり砂場で遊んだりして、とても楽しそうだったらしい。お昼寝もトントンするとすんなり眠りにつき、途中で目を覚ましたときは一瞬ぐずりそうだったけれど、絵本を読み始めると落ち着き、みんなの寝顔を眺めながら小さく『うんうん』と頷いていたそうだ。
保育士さんから「もう大丈夫です」とお墨つきをもらい、2週間もしないうちに慣らし保育を卒業した。
こども園に預ける前までは「離れていく感じがするのかな」と思っていたが、実際に通い始めると、寂しくはなかった。
日ごとに成長する息子と出会えるのは新鮮だったし、驚くほど静かになった昼間のリビングルームとは対照的に、息子の名前の響きは賑やかになっている。
「おりくん、ばいばい!」
「おりくん、来た!」
「おりくん、こっち!」
もともと息子の名を脳内で再生するときは、じぶんや妻の声で聞こえていたが、今ではいろんなこどもたちの声で再生される。けして悪い気はしない。束の間の静寂が訪れたリビングで、 カチカチとタイピング音を鳴らし仕事に励む。
©︎kengai-copywriter 銭谷 侑 / Yu Zeniya
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